聞き手 DNA研や理研で行われている先生の研究内容についてお伺いしたいと思います。
小原部長 DNA研究所において、植物ではゲノムDNAの解析ですが、ヒトではゲノムDNAではなくcDNAを解析するということが開所からの方針としてありました。これは将来展望として蛋白の機能解析をするということを織り込んでいて、最終的に医学創薬応用に結びつけることを目指していたからです。ヒトのゲノム解読が終了しましたが、蛋白をコードする領域は5%程度もないということがわかって、実際に蛋白を作るcDNAの全長配列解析の重要性が再認識されました。私達は国際的にも正にそのパイオニアであったのです。そこで各国で競ってcDNA全長配列解析のプロジェクトが進められましたが、DNA研では当初から大きな蛋白を作るcDNAの解析に特化していたおかげで、他のグループが持っていないcDNAクローンを数多く蓄積することができました。こうした非常にユニークな遺伝資源が、現在の私たちのヒト遺伝子研究の基礎になっています。
ヒトゲノム構造解析が一段落した時期には、cDNA全長配列解析で見出される新しい大きな蛋白コード遺伝子はほとんど尽きてきていました。そこで、これまでに蓄積した成果をどうやって医学的な応用に結びつけるかということを考え、JSTの地域結集型プロジェクト(ゲノム情報を基本とした次世代先端技術開発)に応募して、蛋白質の解析を始めました。私達の強みであるcDNAのクローンを使って組換え蛋白を作り、それに対する抗体を揃えるというプロジェクトです。その抗体を使って、私たちが見つけた未知の遺伝子の産物を生体の中で検出することができるようになりました(抗体の一部は2006年5月より研究用試薬として販売されています)。
このような経緯で、かずさには遺伝子、蛋白、抗体もあって、それに付随してDNAマイクロアレイなど周辺の解析技術も蓄積してきました。そこで、今度はもっと医学の基礎研究のグループと連携を深めようということになりました。谷口 克先生を始めとする千葉大学医学部の先生方や千葉県がんセンターの先生方などと共同研究を始めたのですが、谷口先生が理研の免疫・アレルギー科学総合研究センター長となられたのをきっかけに、そことかずさが研究所間として連携を組んで研究を始めるというようにも発展してきました。かずさには遺伝資源や遺伝子の解析技術があり、免疫・アレルギーセンターには個々の疾患や免疫・アレルギー現象の専門家がおられます。両者の得意とする分野で連携することによって、どういう遺伝子が免疫・アレルギーの疾患に関係しているのかという研究が加速されます。さらに、創薬のターゲットとなるものが見つかる可能性も、またそのための速さも格段に向上すると期待しています。
聞き手 免疫・アレルギーを対象とされた理由はありますか。
小原部長 免疫・アレルギーは、疾患の対象が広いんですね。がんにしてもがん細胞は通常、免疫系で排除されていますが、それが破綻するとがん細胞が定着して本当のがんになります。アレルギーでは花粉症、アトピー、喘息になりますし、自己免疫疾患では糖尿病やリューマチになります。つまり、免疫系の破綻は様々な疾患の原因になるのです。また、できたがん細胞を殺すのに免疫療法が使われることもあります。このように、免疫系は私たちを悩ませるいろいろな病気とその治療に密接に関係しています。また、私達の持っている遺伝資源やDNA・蛋白質解析技術を使って疾患の克服に貢献しようと考えると、免疫・アレルギーに関係した体内を回る免疫関連細胞に由来する病気のほうがやりやすいということも事実ですね。例えば、血球細胞は実際に患者さんからいただいて分析することが可能ですが、神経系だと話はそんなに簡単ではありません。また、一口に創薬と言っても、神経系には脳の疾患部にどうやって薬を届かせるかというような別の難しい事情もあります。
聞き手 医薬や治療に結びつくような結果は出てきていますか。
小原部長 薬になるようなターゲットというのは、共同研究の成果としていくつかあります。ただ、むずかしいのは、「薬の候補」ができるということと実際に薬になるということの間にはずいぶんと大きなギャップがまだあるんです。種になる化合物が見つかって、それを候補として実際の薬剤ができても、さらにそれを製品にするまでは、安全性試験や治験などにとてつもないお金がかかります。それは私達ではできないし、製薬会社の参加がどうしても必要となってきます。ですから、創薬の実際の成果が出るまでには、私たちの手を離れてからもかなり時間がかかってしまうのです。でも、私たちはそのギャップを乗り越えていかないといけません。だからこそ、私達がどうやって実際の健康問題の解決のための創薬活動に貢献するかを真剣に考えないといけません。しかし、この問題は、私たちだけの問題ではなく、研究分野を超えたたくさんの人たちの知恵を寄せ合わなければ解決できないものでしょう。
そうした問題解決のための試みの一つとして、私達は今、ゲノム医学研究室を立ち上げて、免疫不全症の患者さんのDNAを分析しています。これは基礎の結果がそのまま臨床にフィードバックできる分野で、臨床医だけど基礎のこともよく理解されておられる先生方がおられる、つまり、DNAシーケンサーを使って診断し治療に当たっておられる医学研究者が相手なので、相互理解が比較的簡単なのです。遺伝子診断で原因遺伝子の変異が、過去に知られているタイプの免疫不全症であることがわかれば、患者さんにとって致命的な事態を避ける対応が可能です。このように、私達が原因遺伝子を確定さえできれば、治療法の選択にも役立つのです。もちろん、新しいタイプの免疫不全症の原因遺伝子が見つかれば、それは免疫不全症の発症機構の解明に役立つのは言うまでもありません。このような臨床現場の先生方との共同研究は、本当に相互にメリットがもたらされると実感しています。
一方で、DNA研究所では、当初より遺伝子機能共同研究開発制度を立ち上げて、コンソーシアムの形で国内20社ほどの企業に参加してもらい、実際に製薬企業との連携の可能性も模索してきました。特許も100件近く出願しているので、その中から薬になるものが将来的には出てくるだろうと願っています。こうした企業との連携の形態は、かずさDNA研究所が我が国のパイオニアであると思います。まだ本当の意味での成果がでるところまでには距離がありますが、こつこつと続けていくことが大切だと考えています。
聞き手 千葉県と姉妹州である米国ウィスコンシン州のプロメガ社とも昨年から共同研究をされていますが、それについてお伺いします。
小原部長 これは、私達の持っている遺伝子資源や遺伝子解析のノウハウを、プロメガの保有しているもしくは開発中の製品と組み合わせて、それらの製品の評価や新しい技術の開発をやっていくというのが基本的なプランです。このプロジェクトには、千葉県とプロメガの両者からのご支援をいただいています。約1年共同研究を続けた成果として、プロメガの持っているテクノロジーを使った形で、かずさの遺伝子クローンを有償配付する段階まで進みました(Flexi ORFクローン)。現在は約2,000クローンですが、これから安定的なビジネスとなるためには配布できるクローン数を増やさないといけないと思っています。そのためには、私達の持っているクローンだけではまだ少ないんです。今、米国のNIHグループが先導役となって米国、イギリス、ドイツ、日本の各組織が持っているヒトの完全長クローンを持ち寄って、なおかつ非翻訳領域を取り除いてすぐに蛋白が作れる形にして、自由に研究コミュニティーで使えるようにしようという動きがあります。私達もそれに参加しており、ヒトの2万数千種類の完全長クローンが近い将来には使えるようになるでしょう。そうなれば、その中の皆が必要とするような遺伝子をプロメガの技術を使って蛋白質を作るためのDNAに移し変えていくことができます。その結果として、プロメガの技術がワールドワイドに広がることになりますし、私達もそのクローンを活用するための方法を更に開発していくことができます。なんとかそこまで活動を広げたいと願っています。
聞き手 今年度より始められている地域新生コンソーシアム研究開発事業(超微量バイオ分子間相互作用測定システムの開発)の内容について御紹介いただけますか。
小原部長 はい、産業化という点で大きく欧米に遅れをとっている日本のバイオの機器開発に、かずさDNA研究所も貢献したいと考えています。これは今までDNA研ではあまり活発に行なっていなかった研究活動ですが、今後はこの方向にも展開していくことが私たちの研究成果を社会に還元するためには必須だと考えています。それは、バイオ機器の分野で欧米に対抗するためには、分析装置だけでなく、それに載せるコンテンツや試薬を特徴のあるものにする必要があると思っているからです。そのために、かずさの遺伝子資源をうまく使える装置を自分たち自身で考案して、「こういうことが測れますよ」というところまで提示していこう、ということで地域コンソを始めました。地域コンソは2年しかありませんが、装置のプロトタイプやそれに関する知的財産権を押さえておけば、将来的にはかずさの抗体や遺伝子クローンを取り込んで初めて分析できるような解析装置のシステムができるだろうと思います。実際のプロジェクトとしては、高度先進的な研究機器開発だけでなく、その技術を生かし、例えば検査機関で使えるような安価で分析時間の速い機器の開発の二本立てにしています。そうしないとマーケットには入っていけないからです。
今日ここまで話してきたことは、一見ばらばらに発散しているように思えるかも知れませんが、私の頭の中ではかずさのヒト遺伝子研究として最終的にはひとつにまとまった形になっています。かずさの豊富な遺伝子資源、プロメガの技術、かずさDNA研究所に蓄積されたノウハウを使って初めて分析できる機器や試薬ができればいいと思います。それが、かずさ地区に企業などの研究開発活動を吸引してくる原動力になるに違いないと信じています。
聞き手 今後の方針について教えてください。
小原部長 私の研究部のミッションは、多様です。今言ったような医学応用もありますし、産業的な部分でこの地域をアピールすることもあります。もちろん基礎的な解析技術の能力をさらに磨かなければ魅力がなくなりますから、この三つをバランスよく保ちながら進めていきたいと思います。
それから、この研究所には植物の研究部もあるので、植物の遺伝子や代謝産物の解析研究とヒトの遺伝子研究が連携して、例えば健康のためにいい作物の育種といったことができればいいと思います。おそらく、こういう研究環境は世界中探してもなかなかないと思うので、うまくいけば、かずさが切り拓いた新しい研究開発パターンになるに違いないと思います。そこまでどうしてもやりたいですね。ここまで千葉県や多くの県民の方々が私たちの研究所を支援してきてくださったのですから、その成果をなんとか形にしたいと願っています。
聞き手 ありがとうございました。(取材日:平成18年12月14日) |