聞き手 本日はお忙しいところありがとうございます。先生の研究やかずさとの関わり等についてざっくばらんにお話を伺えればと思いますので、よろしくお願いします。はじめに先生がどんな研究をされているかお伺いします。
木野教授 私の研究室では、微生物ならびに微生物の有する機能を利用して、有用なものを作るあるいは新しいプロセスを開発するということ、つまり物質変換プロセスの開発研究がメインテーマになります。大きく次の3つのカテゴリーに分けて研究をしています。
一つ目は、アミノ酸を中心とした生体関連物質の生産ということで、ターゲットとしては非天然型アミノ酸あるいはペプチド合成法の開発に力を入れています。(独)製品評価技術基盤機構(NITE)と共同で実施している非天然型アミノ酸ライブラリーの構築もそうですし、効率的なD型アミノ酸合成法の開発も検討しています。また、アミノ酸単体だけでなく、アミノ酸を連結してペプチドを合成する研究も実施しています。その過程で、目的活性を有する微生物や有用酵素を自然界あるいはゲノム情報を活用した新たな手法を駆使して単離・探索を行っています。取得した酵素をさらに改変して新しい機能を付加したり、効率的な実用的プロセスをデザインする検討も行っています。
二つ目は、バイオマスの利活用プロセスに関するもので、実際には間伐材から調製した糖質を原料として乳酸やエタノール等有用物質を効率的に生産する研究を実施しています。固定化微生物を利用した連続発酵生産プロセスで、エタノールの場合、既に1,000時間を超えた安定連続生産が可能になっています。資源循環型社会の構築に向けて、こうしたエネルギー資源に関するバイオ研究は、もっと国主導で推進していく必要があると考えています。
聞き手 固定化微生物による連続発酵生産とはどういうことですか。
木野教授 固定化というのは、例えばアルギン酸ゲルのような高分子ゲルの中に微生物を包括させて活性を維持することで、連続的というのはリアクター(反応槽)の中で目的化合物を作らせる時、普通であれば原料を仕込んで培養してものを採るということになりますが、連続発酵では活性を持ったリアクターがあれば、そこに一定量の糖液を連続投入し、また同時に一定量の培養液を抜いて目的産物を採るという方法です。その時、菌体が固定化されてないと液を抜く時菌体も一緒に出てきてしまうので、漏出した分の菌体を作らせるためのエネルギーがロスになります。菌体をリアクターの中に留めておくことができればそうした無駄も無くなり効率的な生産プロセスが構築できます。なお、このプロセスではいかに安定的に活性のある菌体を維持するかということがポイントになります。
アルコールではそれなりに実績があるのですが、乳酸ではまだあまり知られていません。それには生産菌である微生物と発酵産物の違いにあると思います。つまりアルコールの場合、生産微生物は酵母ですが、乳酸生産微生物はバクテリアで酵母に比べると非常に小さく、しかも乳酸が生産されてくると培養中に液のpHが下がってしまいます。同時に蓄積した乳酸によって生育が阻害されるので技術的には安定生産を維持するのはアルコールに比較して難しくなります。最近の研究では、いくつかの工夫によってそれを克服できるようになってきています。
聞き手 バイオマスを利用する技術が最近盛んに注目されていますが。
木野教授 石油が枯渇してきている現在、石油に変わる新たな糖質原料としてバイオマスが注目されているということです。このバイオマスを効率的に利用することのできる技術がバイオテクノロジーであり、その可能性に期待を寄せているということです。また、バイオマス利用においては基本的に大気中の炭酸ガス濃度が変わらない(カーボンニュートラルと言いますが)とされています。石油がなくなるといっても、石油を燃料として燃やすのがもっとも無駄な使い方で、従来の石油化学工業との共存を図ることが肝心であると思っています。
ただ、植物でも私達が食べるものや建材などと競合するのはまずいので、廃棄しているようなもの例えば食品廃棄物とか古紙などが着目されています。それら廃棄バイオマスを原料にして、付加価値の高い物質に転換できれば良いと考えています。そのような観点で、私たちの研究室で実際に対象としているバイオマスが間伐材ということになります。
聞き手 木材を使うのは難しくないのでしょうか。
木野教授 木質系だとリグニンが問題になるのですが、三重大学の船岡先生たちのグループは、リグニンをリグノフェノールとして取り出し、プラスチック原料や建材の材料として使用する技術を構築しています。私たちと共同で研究を実施している企業では、この技術を活かしリグノフェノールを回収した残りから収率良く糖を回収する技術を確立しています。乳酸発酵にしてもアルコール発酵にしても、原料として問題ない品質の糖液がパイロットプラントで得られており、実用的技術に関しても基本的なプロセスは完成しています。
問題は、こうした一連の技術を介してバイオマス資源の最大限の利用を図り、トータルでいかにコストを下げるかというのがポイントです。現在、バイオ技術の実用的な利用法としてこのようなコンセプトに立ってデザインされているのが多いように感じます。革新的なイノベーションを求めて、従来とはまったく異なる考え方で、新しい技術を開発していくアプローチもありますが、発酵産業のパイオニアであった日本が、今やらなければならないことは、既存の技術をいかにうまく使いながら安価で高品質のモノつくり技術を確立することだと思っています。生命の仕組みがわからずとも生命の機能を活用した技術開発や産業が既に存在しているのは周知の事実であり、出口を求める開発研究の中でブラッシュアップされてくる技術や新たな方法論にこそ、求めるべき答えが用意されているような気がします。生命の機能解明を目的とした基礎研究だけに偏ることなく、バランスのよい多面的なアプローチと集中力が、今バイオ開発研究に求められていると考えています。
さて話を戻して、三つ目の研究テーマですが、これは環境浄化・保全技術の構築を目標にしたものです。現在取り組んでいるのは、厨房排水のグリーストラップの微生物酵素を利用した油脂分解システムの開発です。このような類の研究や環境ビジネスは多くの企業で検討されていますが、私の研究室では、現場厨房廃水から分離した単一微生物の活性を利用したプロセスを構築し、現場試験を進めています。
また、チューイングガムの成分を溶かす微生物の探索もしています。街中でのガムの吐き捨ては大きな問題になっているのはご存知の通りです。
その他、古タイヤの再利用研究を進めています。古タイヤは今ほとんど燃料として燃やしていて、環境・エネルギー的にも問題があります。新しいタイヤを作る時に古タイヤの一部でもいいから再利用できないかと考え、微生物を使った古タイヤの処理法を研究しています。タイヤは、天然ゴムに硫黄を加えてS-S結合を形成して弾力性を出しています。加硫によって生成したS-S結合を微生物で切断すると結合サイトがフリーの状態になるため、そこに新しいゴムを加えて再加硫するとまたきれいな網目構造を形成することができると考えています。現在鋭意検討中ですが、興味深い結果を得ており、この技術が完成すればタイヤのリサイクルが可能になります。
微生物の有している機能というのは多様で、すごく魅力があります。対象とするプロセスはこれまた多く多様です。有用な微生物活性をうまく引出して、最大限にその機能を発現させるようなプロセスを構築し、早急に工業化を達成することが重要なポイントですね。
先人の言われるように、「微生物に求めて裏切られることは無い」は名言であり、それを信じて研究を楽しんでいます。
聞き手 先生とかずさとの関わりについて伺います。
木野教授 今から3年前に開始したNITEとの共同研究が発端となって、かずさでもっと新しいことをやろうということで地域コンソ(経済産業省の地域新生コンソーシアム研究開発事業。「最新型質量分析器を用いた有用水酸化酵素の高速探索法の開発」をテーマに早稲田大学、(株)プロテイン・エクスプレス、(株)ジナリス、(財)かずさDNA研究所が参画。)での研究を始めたわけです。予想以上の成果をあげることができ、現在その成果を基盤にした新たな研究がいくつか開始されており、さらには、かずさならではの革新的な技術創出につながるような研究プロジェクトも現在企画しています。少しずつかずさに人とお金が集まり盛り上がってきていると思います。
DNA研は植物対象にした研究をメインにしていて、NITEには工業的に利用可能な多様な貴重な微生物コレクションがあります。また、両研究所には多くの蓄積された知識と技術、そして優秀な人材がいます。現在の共同研究を第一段階とすれば、かずさのこの資産をもっと有効に活用すべきと考えています。
国の重要研究課題として、微生物機能の高度利用技術の開発にかかわるテーマは多く、今後、かずさ発の成果を数多く発表していくことによって、関連分野の研究者や企業によってもっとかずさが注目されることを期待しています。とくに、かずさバイオ共同研究開発センター(センター)では質量分析器を使ったメタボローム研究を中核として、植物と微生物研究の両方の拠点になれば良いと期待しています。地域コンソでの成果である「有用水酸化酵素ライブラリー構築と質量分析器を使用した酵素探索技術の構築」は、今後発展していくセンターの基盤技術として貢献するものと思われ、これまでの研究とは異なる切り口でポストゲノムの研究を推進することができるのではないかと思っています。
聞き手 センターに導入された質量分析器についてはどのようにお考えですか。
木野教授 あれは、今後のセンターの目玉として大きな意味があると思います。バイオのポストゲノム研究におけるオミックス研究、ゲノミクス、トランスクリプトミクス、プロテオミクス、メタボロミクス研究は、生命に仕組みを階層的に解き明かしていく上でそれぞれ重要な研究と思います。ゲノムの情報を見るだけでなく、それがどのようにタンパク質に翻訳されて、そのタンパク質が生物の統制化された機能にどのように関わっているのか、そして代謝というネットマークを介して生命体が構築されています。ゲノムを知ることから生物が実際にやっていることの間には大きなブラックボックスがあって、それを埋めるためには代謝の研究から攻めていく手もあると考えています。つまり代謝産物を見ることによって、代謝がどのような遺伝子との連携でできているかということを考えてみるのも一策であろうと思っています。先にも言いましたが、還元的な研究から解き明かされてきたゲノムからものを眺めるだけでなく、実際の生命のアウトプットを解析することから逆に、遺伝子の役割なり、その産物であるタンパク質の機能や代謝制御の実体が解明されることもあると考えています。今後の微生物の利用研究において、このようなアプローチは多くの成果を生み出すことに貢献するものと思っています。
その上で、質量分析器というのは、代謝物をリアルタイムで観察することが可能で、実際の酵素活性を推測して代謝制御の実態を解析していく上で重要な機器の一つだと考えています。バイオ研究が進展する大きな要因は、分析機器や分析技術の進歩と思っています。液クロにしてもPCRにしても研究の信頼性と速度を速めることになり、その最新が質量分析器であると思っています。CE-MSとかTOF-MSとかいろいろありますが、精度の観点からいえばFT-MSが最も優れていると思います。ただし、それぞれ特徴がありますので、目標を達成するためにどの分析機器を単独にあるいは併用するのか、柔軟に対応していくのが賢明であると思っています。
あとは何をターゲットにしてどういう成果を出すかがポイントです。既に、質量分析器を使ってメタボローム研究を進めている人はたくさんいます。その中で同じことをやっていてもだめで、他とは違う考え方で研究を進めることが重要です。それから装置の精度は上がっていますが、それをいかに使いこなすか、また膨大なデータをどう処理していくのか、解析ソフトの開発研究が重要となってくると思います。
聞き手 これからの先生の研究目標はどこにあるのでしょうか。
木野教授 私がやってみたいと考えているのは、低分子化合物から機能性のある高分子を作りだすということです。アミノ酸からペプチドを作る研究も、この夢をかなえる研究の一端であると考えてください。現在は、2つや3つのアミノ酸がつながった短鎖ペプチドしか合成できませんが、もっと大きな機能性のあるポリマーを作ってみたいと思っています。その場合は、バイオの技術だけでなく有機合成の手法も併用すべきと考えています。今ある技術を利用しながら、その中にバイオの技術をうまく組み入れて、統合的に良いシステムを作り上げて「有用なもの」を作る。しかもガラクタとして捨てているようなものをうまく利用しながら、高付加価値な化合物を作ろうということを目標にしています。
ペプチド研究から、導電性のある機能性膜とか液晶素材ができれば面白いと思っています。微生物機能を利用してできた化合物は、基本的には生分解性となります。ケミカルリサイクルを意識した機能性の高い有用化合物ができればよいと思っています。
限られた地球の資源をいかにうまく循環させながら利用するかということをもっと意識して、「もの」をつくることが大切だと考えています。
聞き手 かずさにどんなこと望まれますか。
木野教授 もっと人の交流が盛んになると良いと思います。例えば、東京ゲノムベイ構想にもあるように、東京湾岸地域と千葉の連携をもっと深くすることが重要だと思います。交通網は随分と整備され、東京湾岸の各地域とのアクセスは比較的良いと思っています。例えば横浜地域との連携をもっと進められないだろうかと思います。鶴見には理化学研究所や多くのバイオ関連企業があり、かずさ地域と共通する研究も多く展開されています。セミナーやシンポジウムなど定期的な研究情報交換会などを合同開催といて相互に実施したり、共同研究を推進して研究者の頻繁な交流を具体的に進めることで随分と変わるように感じています。
それから、もっと千葉県の立地や特性を活かした活性化方法は考えられないでしょうか。千葉県やその周辺地域との連携だけにとらわれず、かずさは日本の植物や微生物研究の拠点と位置づけられるようなシステムが出来ると良いと思います。海外のベンチャーやインキュベーション機能を持った研究機関を誘致して国際化を図るとか、研修センターを設置してかずさに行かなければできないというように考えることはできないでしょうか。
聞き手 どうもありがとうございました。 |